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›2000年06月10日(土)

記録に残らなくても。

先日、プチ感想(日記だったかも)にはちょこっと書きましたけど、嵐についての見解が「ガキバラ」のオフィシャルサイトに発表されていました。
その見解は、事務所が出した見解だったんだけれど。
3日くらいで、跡形もなく削除されました。
私は、その時に実は「まただよ」って思った。
もう、諦めることにも慣れてしまったのかもしれません。

最初、この考察はその事務所から発表された「正式見解」について書こうと思ってたんで、まずはその事から…今更だけど書いてみますね。

そのサイトには、こんな事が書いてありました。
*嵐は、ジャニーズJr.内ユニットである。
*喩えるならば、モーニング娘。がJr.であり、嵐はプッチモニである。

嵐を「新グループ」と発表しないことは、個人的に気になっていたことでした。
1999年9月のデビュー会見では、全報道「ジャニーズJr.から生まれた新ユニット"嵐"11月デビュー」でした。
新聞も、ワイドショーも。
この表現にひっかかってた。
「ユニット」って何だよ。「グループ」じゃないわけ?どう違うの?まさかモー娘。みたいに減ったり増えたりしないでしょうねぇ?
そんな事を言ったりしてた。半分以上、ジョークの域で。
だけど実際蓋を開けてみたらCDデビューだったので、そのうち「杞憂だったんだ」って思い始めました。
「ユニット」って言う表現に過敏に反応していたけど「グループ」と全くの同義だと、嵐に関しては思っていいんだなって。
そんな時でした。私が「ガキバラ」のサイトに書かれた「嵐はJr.内のユニットです」と言う記述のを見たのは。

不思議と、怒りはなかった。
またやられた、そう思った。
ただ、番組公式サイトに記述した、その意図が見えませんでした。
どうしてかなって。
どうしてここで、発表する必要があったのかなって。

CDを出した。会見してデビューだと発表された、嵐。
CDは出した。デビューではありません、今回だけのスペシャルユニットです…そう紹介された、Secret Agent。
だったら、その違いは、何?
確かに、そう思った。憤慨もした。混乱した。
現在のところ一応期限のない「嵐」と。
最初から今回限りと決まってる「Secret Agent」
それだけの差、なのか。

嵐がユニットだったという発表に関しては、もうどうだっていい。
語弊があるけど、ホント、どうだっていいです。
だって、嵐は嵐だから。
そりゃもちろん。
嵐のメンバーが「嵐はJr.内ユニットです」というのを正確に聞かされてなかったとしたら、この発表に関してどう感じたのかなって思うし。
それで傷ついてないといいな、とか。
そういう事は思いました。

だけど、この発表があった前と後で、なんら嵐の扱いが変わったわけではないし。
今まで通りで、逆に「だからだったのか」って思ったところが多かった。

たとえば、Jr.と一緒に何かをするときの席次だとか、名前の順番だとかで嵐がトップではないこと。
先輩グループは、デビュー順、あるいは結成順で、グループ名が並ぶ。
だとしたら、嵐はJr.の上に名前が来てしかるべきです。
けど、嵐はそうじゃない。
滝沢秀明、嵐、東ジュ、関ジュ。こんな並びです。(東ジュ関ジュ内の並び方はその時々で多少変動)。滝沢秀明が、常に嵐の前です。

それがダメって言うのではない。滝沢くんが前って事に対して文句言ってるわけじゃない。
つまりは。
「ガキバラ」の公式サイトに発表されるまでもなく、嵐は「Jr.内ユニット」な扱いだった。それがハッキリと「公式見解です」との形で発表されただけのこと。

何も、変わってなくて。
だとしたら。

最初からこの件に関しては、デビューって事実に対してこっち(ファン)が思い描いていたものと、事務所が考えていることに対してのギャップがあっただけのこと。
デビューするって、確かに、すごいことなのだけど。
「デビューしたら、してないよりも格付けが上」そう勝手にこっちが思ってるだけなのかもしれません。デビューするって事だけを最終的な答えにしなくてもいい状況をJr.に提示したいと最近勝手に思っているので、余計にそう思います。

デビュー組的にちゃんと嵐を扱って欲しいと思う反面、デビューしたことでJr.より凄いんだぞ!という上から目線の一線はかっきりくっきり引いて欲しくもなくて。
つまり「デビューしたからJr.より上の立場だぞ」とは思って欲しくないなって。(誤解なきよう念の為言いますが、嵐のメンバーがそんな風に考えているとは思ってないです)。

でもコレは私の個人的見解ですし、ちゃんと「デビュー組」をJr.といっしょくたの扱いして欲しくないっていうファンの気持ちはわかります。
だけど、もし事務所の見解がサイトで発表された通りであれば、今まで憤慨してきた「嵐に対する扱い」がああいう形(名前の順番とか、コンサートパンフとか)であったのはそれを明示していたのだなと、思いました。

それはさておき。(置いておける問題ではないのだけど)
ひっかかったのは、その「公式見解」の発表の仕方と撤回の仕方です。

局側が勝手に発表してしまったのか、局側に発表を依頼したのか、知るすべは当然ありません。
ただ、一度発表し、それを「跡形もなく」「何もなかったかのように」削除してしまった事に関して、軽い諦めの気持ちはありますけど、やっぱり納得できません。

いつもの事です。
ファンが、大切にされていないって感じてしまうのは、足元見られてるって思うのはいつものことです。
惚れた弱みにつけこまれてるんだなって、何度も実感してます。
だけど、そんな「いつもの事」が、ファンの心をどれだけ惑わせ、傷つけているのか。きっと気付いていないのでしょう。気付く気もないかな。
もしくは、気付いてて踏みにじっているのでしょうか。

どちらにしても。
今まであったものがなくなった時、その記録さえも根こそぎ排除。
そんなことばかりです。
普通だったらまかり通らないようなことをしてきます。
きっと、今回の「事務所の見解」だって、発表されていたことは闇に葬られる気がする。
かつて所属していたメンバーがいなくなった時に、その存在は最初からなかった事にされるのと同じで。
SMAPは結成時から5人グループだったと言われているように。
あの事件でやめてしまったJr.が映っている映像は、OAできないように。
かつての真実(もしくは事実)は、曲げられて削除されて失われて。
記録として、残らなくって。

でも、今回の痛みとか。
(悔しいから忘れてやんない)

かつて、6人だったグループのこととか。
絶対にそこに存在していた彼らのこととか。
(過去なんて、消してあげない)

記録がなくなったって、記憶には残っているから。
忘れないから。
忘れたくないから。
お上のする事には逆らえない。だけど、
私の記憶や思い出や感情までは、支配できないから。

今回の痛みなんて、そのうち笑って話せる日が来るよ。
「そういえばさー、なんかデビューしたけどJr.なんだって言われたよねー。Jr.ってそもそも、デビュー前の研究生みたいなもの、とかって言ってなかったか?」
「アレなんだったんだろうねー、でもあれから撤回されてないって事は今でもJr.って事か?」
「いいんじゃん、嵐は嵐だし」
「そうだよ、"嵐"なんだから」
って、本人たちもファンもそんなコトを笑い飛ばせるような。そんな日が来るよ。

私たちが、記憶を削除して失わなければ、きっと。